Blue Skyで皇海山!

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深田久弥の日本百名山に選ばれている皇海山。「すかいさん」と読みます。
山登りしている人でないと、とうてい読める山名ではないと思う。

深田久弥が皇海山を選んだ頃は、訪れる人も稀な渋い山。
深田が惹かれたという山行記はさらに渋いという。大正8年の木暮さんと藤島さんの紀行文。自分で道をみつけ、迷い、薮を漕ぎ・・・本当の山登りの楽しさが味わえる山であると。「今更日本アルプスでもあるまいというつむじ曲りの連中が、二千米を越えた面白そうな山はないかと蚤取眼で地図を探して・・・」と木暮さんの登山記の最初に書かれているそうです。大正時代の登山者の精神性は素晴らしいなぁと改めて感じますね。精神が現代人よりとんがっていて面白い。

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皇海山は、庚申山から鋸山を登って山頂に達し、六林班経由で下山するのが本来は王道なのですけど(または松木渓谷経由で登るのも味わい深い)、今回は新宿発着日帰り山行ということで、不動沢からの最短ルートで皇海山を目指します。

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登山口の皇海橋まではアプローチが長く、未舗装の林道走行がこれでもかと続きます。
車移動が上級、登山は初級・・・といったコースでしょうかね。

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天候に恵まれました。最初は緩やかに登ります。

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沢を何度か行ったり来たりしながら沢沿いの道を登ります。

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沢の脇に登山道がついているので歩きやすい(走りやすい)です。

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が、途中からはガラガラの道。ほぼ沢登り状態です。

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滝など急な箇所があるわけではないので危なくはないんですけどね。
捻挫注意というぐらいでしょうか。

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不動沢のコルへのツメは急斜面。ロープを掴んでグイッと登る系。段差が大きい。

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不動沢のコルからは尾根歩き。快晴です。

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皇海山に到着。やったぜ!

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庚申講というのが流行った江戸時代。庚申参詣として賑わった庚申山(猿田彦神社)の奥の院が皇海山だったのです。当時はサク山と呼ばれていたようです。明治26年の日付が残る青銅の剣とパシャッとな。

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ルンルンル〜ンと不動沢まで一旦下って、

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岩場を登り返し鋸山へ。

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鋸山到着。後ろは皇海山です。

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鋸山直下は岩場の急斜面が続きます。

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不動沢のガラガラゾーンを終えて快適に。

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最後の最後はスピードアップ。

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ぴょん!

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帰路も栗原川林道の長〜〜いドライブを楽しみ(マジ長い〜)、
白沢の望郷の湯で入浴。隣の直売所でリンゴをお土産に。

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沼田はとんかつ屋さんが多いですので、

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今回はとんかつのゆき藤さんでいただきました。
長〜〜〜いダートの移動、お疲れさまでした。

本日の動画まとめ!(4クリップほどエラーで使えませんでした。ごめんなさい)
注:動画は1080pでアップロードしています。再生時に画面右下の設定ボタンをクリックして1080pに変更すると高画質で視聴することができます。


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観光サイクリングin市が尾の下見

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観光サイクリングは横浜の市が尾です。
溝の口~長津田間が開業した昭和41年(1966)以降の宅地開発などで弥生時代や古墳時代の遺跡が発見されます。現在でも多くが保存される都心近郊屈指の歴史的に貴重なエリアです。サイクリングの距離は短めですが、細かいアップダウンは多いので運動不足解消にはもってこい。歴史探訪を中心に絶品グルメも楽しみましょう。

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まずは市ヶ尾横穴古墳群に向かいます。昭和8年(1933)に発見された計19基からなる横穴墓(おうけつぼ)。古墳時代末期に造られた有力な農民の墓ではないかと考えられています。横穴墓は、大化の改新(645年)の翌年(大化2年/大化は日本最初の元号)に規定された薄葬令の前後から急激に増えます。薄葬令以降、前方後円墳などの大型の墳丘墓も小型簡素化され古墳時代は終焉を迎えるようになります。豪族の権力の象徴として古墳は造られたと考えられていますが、全ての土地と人民は天皇に帰属するとした公地公民制の推進の一環として薄葬令は規定されました。

大化の改新について補足。豪族のドンであり実権を握っていた蘇我入鹿を、中大兄皇子(後の天智天皇)や中臣鎌足(後の藤原鎌足)が暗殺した乙巳の変(いっしのへん)により、豪族を中心とした政治から天皇中心の政治に移り変わります。翌年の改心の詔(かいしんのみことのり)により政治の方針を示し、大宝律令(701年)で日本の律令制は確立します。

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さて、市ヶ尾横穴古墳群の内部も見学しましょう。
崩落が進んでおり補強されていますが、構造はしっかりと観察することができます。棺のあった玄室と通路部分の羨道(えんどう・せんどう)の構造で造られています。この構造は、古墳の埋葬方式である横穴式の石室と同じです。

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次は近くにある稲荷前古墳群へ。昭和42年(1967)に宅地造成中に発見された大規模な古墳群です。現在では3基のみの保存となっていますが、住宅地として消滅する前は、前方後円墳・前方後方墳・方墳・円墳の10基と横穴墓9基からなる圧巻の古墳群で、4世紀から7世紀にかけて造られました。都筑の地を治めた首長の墓と見られています。

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保存されている中で一番の見所は、この前方後方墳。四角と四角からなる古墳。
全国的にも少々珍しい形です。

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旧旅籠「綿屋」は明治15年(1882)の建築。明治末まで営業しており、2階に客を泊めたそうです。江戸時代の一般庶民は、商用や寺社参拝などの限られた目的の旅しか許されていませんでした。江戸中期以降に参詣ついでに物見遊山も兼ね、江ノ島・鎌倉・大山・富士山・成田山・伊勢参りなどに出かけるようになります。特に人気だった大山詣。参詣の時期になると江戸っ子は、両国橋東の垢離場で水を浴びて体の汚れをとり、神田明神に参ってから、大山道を通り荏田宿〜長津田宿が1泊目となりました。この旧旅籠「綿屋」は往時を偲ぶことができます。さて大山詣では、荏田宿〜長津田宿で宿泊後、2泊目は伊勢原の宿坊に泊まり、翌早朝から登山する行程が多かったようです。帰路は東海道を通り江ノ島や鎌倉を見物してから江戸に帰るコースが人気だったとか。ハードなものでは大山詣後に富士山をセットで登拝することも多かったそうです。大山の祭神である大山祇大神(オオヤマツミ)は富士山の祭神である木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)の父であるとされたため、大山と富士山の両詣りが盛んに。「富士に登らば大山に登るべし、大山に登らば富士に登るべし」といわれたそうです。

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市が尾の周辺は丘陵が多く細かいアップダウンを強いられます。鶴見川沿いのサイクリングはフラットですので快適。やや遠回りしながら次に目指すは川和富士。

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川和富士。富士塚です。
江戸時代末期に築かれましたが、現在の川和富士は港北ニュータウン建設のため移転されたものです。富士塚は、富士信仰に基づき富士山に模して造営されたもの。1780年に高田籐四郎という方が江戸の高田(現在の西早稲田)に造ったものが最初といわれています。富士塚に登拝することで富士登山と同様のご利益が得られるとして江戸時代の庶民に流行するのでした。

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山頂への登山道の他にお中道も完備。富士山を模すのが富士塚の基本です。

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公園などにトイレがちょこちょこあるので安心です。
川和富士の次は港北ニュータウンをひた走り。

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茅ヶ崎城址に到着。空堀・曲輪・土塁が良好な状態で残っています。築城は14世紀後半〜15世紀前半と推定されています。鎌倉街道の中道のそばに位置し、中原街道や矢倉沢往還、小机城も見渡せる交通の要衝の地に自然の地形を生かして築城されています。平成20年(2008)に公園として整備され散策しやすくなりました。

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中郭。建物跡らしき遺構があったり。

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さて、ランチはベッカライ徳多朗。オシャレなパン屋さんです。
イートインだとドリンクも要オーダー。テイクアウトだとパンのみ購入可です。
この後にケーキ屋さんも立ち寄りますので、パン&ケーキの連続はキツイ・・・という方は、おにぎりを持参してパンを少々にするのも手かと思います。

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少しオベンキョの時間で横浜市歴史博物館。
時系列で展示されていますので、タターっと見て回りましょう。

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横浜市歴史博物館から道を挟んだ隣に大塚遺跡があります。弥生時代中期の遺跡(弥生時代は紀元前3世紀頃〜3世紀中頃まで)。昭和47年(1972)の発掘調査で存在が明らかになりました。弥生時代の大規模な環濠集落が完全な形で発掘されたのは極めて稀有な例なのです。竪穴式住居と高床式倉庫が復元されています。建物は縄文時代から平安時代まで使われていたよくある村の姿ですが、注目すべきはやはり環濠でしょう。村の周囲に堀をめぐらせ杭で村を囲みます。子供の頃に学校の授業などで、弥生時代に大陸から稲作が伝わり食料などを理由に争いが起きた。と教わりましたが、近年の発掘などで縄文時代から稲作が行われていたことが有力となっていますから、何らかの理由で弥生時代に入り治安が悪化したとみるのが妥当でしょう。脱線しますが、世界四大文明(エジプト・メソポタミア・インダス・黄河)というのも学校で習いましたけど、世界の歴史学会にはとうに否定されています。でもいまだに教科書に載っているらしいですよね。近隣諸国条項の弊害は大きいな〜。屋根にのっけてるシートはカラス対策だそう。

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大塚遺跡のすぐ隣には歳勝土遺跡(さいかちど)。大塚遺跡に住んでいた人達の墓地。四方に溝を掘り、土盛りして墳丘を築く方形周溝墓。家族ごとの墓と考えられています。方形周溝墓が古墳の形のもとになっているのですね。

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さらにすぐ近くには旧長沢家の古民家が移築されています。江戸中期頃の建物だそう。

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内部も見学できます。広くて立派。
主屋と馬屋が平行に配される武蔵南部特有のヒロマ型がポイントなのだとか。

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さぁ、デザートタイム。
このエリアで大人気のケーキ屋さんであるYUJI AJIKIさんに立ち寄ります。

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近くの公園でいただきましょう。マイフォークorスプーンをご持参下さいませ。
こちらで紙皿&コーヒーor紅茶をご用意いたします。

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ケーキを食べたら山田富士へ。またまた富士塚へ。
この塚は造成が見事です。綺麗なコニーデの形状、御殿場口と吉田口の登山道があります。新編武蔵風土記稿にも記されており、江戸時代の文政年間(1818〜30)には存在していた歴史ある美しい富士塚です。

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荏田宿常夜燈は1861年建立。民家の庭の中にあるので撮影は最低限にしたいですが、大山街道の歴史を伝える貴重な常夜燈です。最後は大山街道を通り市が尾へ戻ります。東京近郊で歴史に触れるサイクリングをしましょう。ご都合がつく方は是非ご一緒に〜!


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雨にも負けずで南高尾山稜。

トレイルランニングin多摩C/初級

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あいにくの雨模様でしたが、小雨(霧雨程度)中心だったので大して濡れず。
許容範囲な天候でした。天気イマイチだったので山が空いていて良かったかも。
稲荷山尾根をグイッとな。

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紅葉もイイ感じになってきました。これから高尾山は賑わいますね。
そうそう高尾山口駅のすぐ裏に温泉施設ができました。
早速、下山後に入ってきたのですが、入場制限で15分待ちでした。
好天の週末はもっと混むでしょうね。
紅葉シーズンはハイシーズン価格で200円アップの1200円になります。
以前はふろっぴィしか選択肢がなかったので、利用者には良いことですね。

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城山まではトレッキングとトレランの中間ペース。
登山者も多いですしね〜、高尾山〜城山はゆるゆる〜っと。
南高尾山稜からトレラン本番。

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ところどころ鬼スリッピーな箇所がありましたが、
経験者ばかりでしたので概ね快調に飛ばします。

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雨の時は休憩少なめで行動し続けるので早い早い。
休憩多いと体が冷えきっちゃいますからね。

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天気はイマイチでしたが、ぬかるみも少なく路面は良好。
タタターっと駆け下り可。ノープロブレム〜!

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先頭グループが登りを駆け上がりまくっていたのが印象的でした。
最後の最後まで気合いが持続してました。熱いぜ!

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雨にも負けず!な本日のメンバー。ポテンシャル高しでした。

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ま、まさか・・・これは、な、なまくび・・・!?
または四股を踏む力士!なのか〜。(それもまた怖い)

そんなこんなで本日は悪天の中ご参加いただきありがとうございました!
またご一緒できますのを楽しみにしていま〜〜〜す!!!


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