
登山口にてカモシカに遭遇。
さて今回のチーム7企画は赤城山。百名山の中では首都圏から程近く、大沼まで車で登ってしまえば登山も軽めの行程。だから人気の山であります。でも山の魅力って山頂を踏むことが全てじゃないんですよ。山腹や山麓、東西南北、歴史、地質、植生など、色んな楽しみ方をしたいものです。今回は東側の利平茶屋駐車場から登りました。赤城山は大沼に赤城神社が立派に建っているぐらいですから、もちろん山岳信仰の山。祭神は?と思い調べてみましたら面白いことを発見。昔は赤城山の中心として東と西で違う祭神を祀っていたといいます。桐生側はオオクニヌシ(出雲大社と同じですね)、前橋側は豊城入彦命(第10代崇神天皇皇子で上毛野君や下毛野君の始祖)だそうだ。8世紀頃までは赤城山は「くろほのねろ」と称されてたようで、赤城山東側の黒保根村はここからきているのではないでしょうか。なので東側からアプローチは古えのルートというこって。

落ち葉ザクザク。静かな山道を登ります。

この登山道から登るのは少数派なので整備が追いつかず木橋も傾いていたりします。

冷え込んできましたね。つららも成長中。

赤城山にケーブルカーが走ってたのはご存知でしょうか?
昭和32年から昭和43年までの11年間ほど運行していたのです。その他にリフト(赤城大洞 – 赤城平)、ロープウェイ(赤城平 – 地蔵峠)もあったのだから、赤城山は相当に開発しちゃったものです。全く開発されず人工物がなかったら赤城山はより神秘的でしたでしょうね。

山頂駅。現在は4〜11月までビアホール&赤城山頂駅記念館として営業しています。

カルデラ湖である覚満淵。神秘的な美しさ。

舗装路を少し走って黒檜山の登山口。

うっすら雪化粧した山道。

大沼と赤城神社がキラキラと。

綺麗でしょ?

うん、綺麗。

青空とのコントラスト。

黒檜山の山頂から2分ほど北側にあるビュースポットにて。
地元のダンディーな登山のオジサマと激渋な四方山話で盛り上がりました。
なかなか子持山とかの話で盛り上がれませんからね〜。

展望抜群。谷川連峰がよく望めました。

赤城山最高峰の黒檜山。1828mだよん。

そして駒ケ岳へ。

山頂。

ここからサブルートの鳥居峠への登山道へ。

正規ルートより走りやすい山道でした。踏み跡明瞭、標識バッチシ。

最後だけ岩場なので歩きね。

ケーブルカー跡の石段を駆け下り。

ひっそり静かな利平茶屋への山道。

落ち葉ズボズボ。

水沼駅で温泉に入り、相沢忠洋記念館へ。
ここはずっと立ち寄ってみたかった場所。相沢忠洋さんは旧石器時代の打製石器を発見した方です。世界最古の磨製石器と評価する識者もいるぐらいで、日本の考古学、世界史を変える発見だったのです。この世紀の大発見を横取りする学者さんがおりましてね。明治大学助教授の杉原荘介という方なのですが、登呂遺跡発掘調査の中心的役割をし実績のある考古学者。この方が何と岩宿遺跡の発見を自分の手柄にしてしまうのだから開いた口が塞がりません。歴史は政治の力関係で決まっているところも多いですが、日本の古代はまさにこんなのばっかりなんです。北海道の縄文遺跡である垣ノ島遺跡から世界最古の漆器が発見(9000年前)されたら、2002年に埋蔵文化財調査団事務所が火事になったりね。中国の河姆渡遺跡で発掘された漆椀が約6200年前のものですから、それより2800年も前のもので価値のある発見。黄河文明、長江文明とはいいますが、縄文文明を認めたくない勢力がいるのでしょう。大化の改新以前の日本の歴史は、たいがい軽く扱われています。ホントは凄いのにね〜。縄文時代以前に日本列島に人が生活していた証だもの。相沢さんに感謝。

相沢忠洋さんが亡くなったのは1989年。それから27年間もの間、奥様の千恵子さんが相沢記念館などを通じ、真実を伝え続けています。1時間40分ぐらいお話しをさせていただき貴重な機会となりました。聡明で芯の強い美しい方。また時間を作って伺います。

打ち上げは鰻です。桐生の老舗である泉新さんで。
パリッとふっくら美味しい鰻でした。やっぱり鰻は炭火に限るね!

1829年創業、建物は築80年。歴史ある鰻の名店。
ごちそうさまです。
ご参加の皆様もありがとうございました!
本日の動画まとめ!
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